名言.心に響く言葉 - 名言・心に響く言葉(ピックアップ) - 名言・心に響く言葉(人物別) - 気になる人物

わ行 心に響く名言-偉人の略歴と代表作品


 

私に与えられた宝物は惚れることだと思って、 惚れこんでみたらいいと思います。 惚れるということは、
ただそれが最高と、比べないことです。 ものを比べさえしなければ、迷いも悩みもありません。

[吉丸房江]

昭和9年福岡県生まれ。幼稚園と小学校の教諭を経験。27歳と30歳で父母を相次いでがんで亡くし、
現代医学への疑問から東洋医学、東洋思想を学び、老子の思想に触れる。その思想に基づいて昭和53年、

健康道場・コスモポートを開設し、多くの人を健康に導いている。
各地の市民大学等で講演を行い、「素直で明るくあたたかく」を提唱する。
著書に『丸くゆっくりすこやかに』『宇宙のリズムで暮らしたい』『蝶になる日』(地湧社)がある。

 

私に言わせれば、煩悶のないことが、養生の秘訣である。

[堤廉次郎]

国立学園小学校の創立者

 

私たちは、つねづねこうなりたいと望んでいるものになれる。

[アール・ナイティンゲール]

1820〜1910 イギリスの女性で看護学の創始者。銀行家として資産を築いた父をもち,
少女時代から近隣の病人に同情をいだき,1844年以後,ロンドンの病院を歴訪して貧弱な看護状況を目にした。

1849年,エジプト旅行中,アレキサンドリアでカトリックの女子修道会の経営する病院で,尼僧による献身的で規律ある
看護が行われているのを知り,その地で看護学校を視察,翌年ドイツのプロテスタント助祭学校で看護学を学んだ。

1853年,ロンドンの女性のための病院の看護婦長となったが,翌年,クリミア戦争の前線での傷病兵の惨状を聞き,
看護婦を率いて現地に行き,野戦病院長として献身的な看護にあたった。帰国にさいしては国民的英雄として迎えられ,

寄せられた5万ポンドを基金として,1855年,ロンドンの聖トマス病院に看護学校を設立,看護学の普及をはかるとともに,
女性の職業としての看護婦の地位向上につとめた。

ナイティンゲール伝―他一篇 岩波文庫

私たちの人生は、私たちが費やした努力だけの価値がある。

[フランソワ・モーリアック(モーリヤック)(1885〜1970)]

フランスの小説家
ボルドーに生まれました、彼は幼いとき父を失い、カトリック信仰の厚い母の手で育てられました。ボルドー大学に学んだのち、20歳のときにパリに出て、古文書学校に学びながら詩や小説を書き始めコクトーらと交わりました。1922年「らい患者へのキス」で新進作家として認められ、以後次々と傑作を発表しました。

神の恵みを信じ人間の悪を描くというカトリック作家でしたが、評論家としてもすぐれた業績を上げています。

第二次世界大戦にはレジスタンス運動に加わり「黒い手帳」「とかれたさるぐつわ」を書きました。戦後反共の道をとる一方で、アルジェリア事件では反植民地主義を主張するなど、一貫して反ファッショの立場を変えませんでした。

代表作に「母」「愛の砂漠」「夜の終わり」「テレーズ・デケールー」「宿命」「海への道」「パリサイの女」「蝮のからみあい」などがあります。

1952年ノーベル文学賞を受賞しています。

 

悪い想像はどんな強気の人をも及び腰にし、良い想像はどんな弱きの人をも積極的にします。 

[マーフィー]

ジョセフ・マーフィーは著作者、教育者、講演者として世界的に知られた方です。
マーフィーは、潜在意識の法則に関する世界最高の講演者の一人です。

マーフィーはカリフォルニア州ロサンゼルス市のチャーチ・オブ・ディバイン・サイエンスの牧師で、
毎日曜日には約1,500人の聴衆に話しておりました。

 

笑いに勝る攻撃はない。

[マーク・トゥエイン(作家)]

トム・ソーヤの冒険」

「ジャンヌダルク」

「ハックルベリィ・フィンの冒険」

 

われわれは、どれほどの恥辱を自ら招いたとしても、必ず自分の力で名誉を挽回できるものである

[ラ・ロシュフコー]

1613〜1680 フランスのモラリスト。『格言集』の著者。王族の一員で,アングーモアの城館で成長,武人を志した。
ルイ13世の妃アンヌ=ドートリッシュの信任を得て,王と宰相リシュリューに反抗し,

宮廷の陰謀や情事の渦中に巻き込まれた。宰相マザランに対するフロンドの乱に参加して負傷し,
宮廷から追放される(1653)。許され(1669)てのちは,

宮廷のほかサブレ侯爵夫人やラ=ファイエット夫人のサロンに出入した。『格言集(マクシム)』は
人間の本性に対する考察をまとめたもので,1665年初版,好評を博し生存中に第4版を出した。

正式の題は『省察。別題,習俗に関する警句あるいは金言』という。透徹した人間観察だが波乱に満ちた前半生と
失意の後半世を反映して,基調はペシミスティックで,人間のあらゆる感情や動機の底には

エゴイズムがあるという考えに立っている。ほかに『アンヌ=ドートリッシュ摂政時代の回想』(1662)などの著がある。

 

ラ・ロシュフコー箴言集 岩波文庫

 

我々はつねに自分自身に問わなければならない。もしみんながそうしたら、どんなことになるだろうと。

[サルトルJean-Paul Sartre ( 1905-1980 )]

フランスの哲学者、作家、劇作家、評論家。事実上の妻はシモーヌ・ド・ボーヴォワール。強度の斜視がある。

サルトル―「人間」の思想の可能性

 

われ思う、故にわれあり。

[ デカルト1596年〜1650年]

フランスのラ・エーで生まれた哲学者・数学者・科学者である。貴族の出身である。スコラ的教育を受け軍隊に入隊する。1620年除隊し研究生活に入る。
1628年研究と思索の自由を求めてオランダに移住する。

 

方法序説

 

 

▲このページの先頭へ戻る